早いもので… の巻

姉さん女房
14.11.28
早いもので、もうすぐ母の三回忌がやって参ります。

母はあまり笑わない人でした。私に対しては無関心な人でした。
過保護とか過干渉という言葉とはまるで無縁でした。父の不甲斐なさも手伝って夜遅くまで仕事をしていたので、幼少時から置いてけぼりにされました。初潮を迎えたとて、赤飯など炊いてはくれませんでした。学問の道に進ませる余裕はないと、話も聞かず一蹴されました。提言も進言も提案も抑圧も全くありませんでした。その変わりに自由をくれました。夜中抜け出しても、突然バイクに乗り出しても、朝帰りしても何も言いませんでした。そうして自ずと「自己責任」というものを学びました。選択を迫られた時どうすべきか自分なりに判断する事が出来た(多分)のはそのお蔭かもしれません。それが良いのか悪いのか、私は人に甘えるのが苦手です(苦笑)。

そんな母には娘しか居なかったので、娘達のボーイフレンドが遊びに来るとキラキラと目を輝かせました。そしてことごとくあだ名を付けました(笑)。
例えば『ニンニキニン』。
ニンニキニンって…(汗)。当時悟空が流行っていたからかな(ドラゴンボールではないヨ、堺マチャアキの奴ヨ)。それにしても何故ゆえ『ニンニキニン』だったのか未だによく分かりません。♪ニンニキニキニキニンニキニキニキニニンが三蔵 ニンニキニキニキニンニキニキニキニシンが悟空 西へ向うぞニンニキニキニンキニン 西にはあるんだ夢のくにンニキニン♪

そんな母は長男が生まれた時、顔をくしゃくしゃにして喜びました。そしてこよなく可愛がりました。私に注ぐ事の出来なかったものを取り戻すかのように、愛を与えました。

「お母ちゃん、社会人になって壁にぶち当たりながらも頑張っているよ。どうか見守っていて下さい。」と、墓前に佇むのであります。合掌。