あきらめない姿勢貫いて、かみつかむ

雨のち晴れ
15.07.07
私にとってはただの紙切れにしか見えないモノは、娘が必死な思いで手に入れた大切なライブチケットだったとは・・・
まさか、自分が漫画のような事態に陥るとは思ってもみなかった6月のある日。

週に一度の古紙回収日の夜、娘が「ここにあった紙は?」その時、悟った。もしかしたら、テーブルの上にポイッと置かれていた(私にはそう見えた)アレのことか!
アレはゴミではなかったのか!!
家の中を探してもないとわかった時、娘は泣き崩れた。泣き狂って死ぬんじゃなかろうかと思うくらい泣いた。(自分の娘ながらあきれた。日頃から、大事なものは部屋に置くように言っているのに、このざまである)
この状況をどうにかするためにいくつかの策を立てた。そして、第1案から実行することにした。

まずは我が家の古紙のありかを突き止める。そのために、次の日の早朝、中央環境センターに電話してこの地区の集積場を問合せ、長崎市小江町の古紙リサイクル回収機構に運ばれていることを知った。
リサイクル場に電話をかけ、昨日の古紙がどのような状態かを確認した。裁断されたり、溶解されたり、プレスされたりしていてはお先真っ暗である。幸いなことに長崎市内の古紙が集められただけで、次の工程には入っていなかった。
係りの人からは、探し物をしてもかまわないがビックリしますよと言われた。
覚悟の上、リサイクル場に夫と行き、古紙の山をかき分ける作業を始めた。夫は山の上を私は下の方を攻めた。トホホな夫婦である。
夫は家から出した時の古紙の状態は見ていないので、特徴だけ伝えておいた。特徴といっても縛った紐の素材、束の厚み、新聞の種類くらいである。

探し始めてわずか5分後、キセキが起こった!
夫が「こいじゃなか?」と言ってひと束、差し出した。
見覚えがある束である。
「あったぁ〜」年甲斐もなく飛び跳ねて喜んでしまった。こんなこともあるのだと、あきらめないでここに来て良かったと、生ゴミの中でなくてよかったと思うとともに、あの情報だけで探し当てた夫の嗅覚、視覚、分析力を絶賛し感謝した。

古紙リサイクル回収機構の方にも大変お世話になった。
何の変哲も無い紙切れをこの山から探そうなどと無理な話だと思ったに違いないが、「明日まではこのままの状態だからどうぞ」と快く古紙の山に案内してもらい、作業場の朝礼時、全員に探しモノの特徴を知らせてくれたり、見つかった時に一緒に喜んでくれて、とてもありがたかった。

間違いなく、この出来事は今年の我が家の重大ニュースである。

娘は私たち夫婦が死んでもこんな泣き方はしないだろう。
 
この山から探しました